これは、有料級のお話です。という謳い文句をよく目にする。たしかに、他では教えてくれない超貴重案件もあるであろう……とは思う。
お金を払ってまで聞きたいという人ももちろんいると思う。私も実際たくさん講座をしてきたので、有料で講座を提供することは当たり前だとも思う。仕事だから。
講座、セミナーやセッション、は世の中に溢れかえっていて、そのどれかがこれからの未来に役立つに違いないと思って受ける。
お金を払ってまでそれを知りたいと思うかどうかなんですよね。あくまで、お金を払う方の目線でお話してます。
実際参加して、イマイチだったな、何か思っていたのと違うなと感じるか、聞いて良かった、価値があったと感じるかはそれぞれなんだと思います。
で、↑こういうふうにどう思うかは問題ではない。
問題なのは、自分で決めてお金を払って受けたつもりなのに、一瞬モヤモヤを感じる時。上手くいかないと感じるのもここに含まれる。
ここで、あっ、申し込む時点でちょっと迷ってたな、受けなくても良いかなってちょっと思っていたことに気づく人と、いや、私は受けたくて受けたんだ!お金の分何か持ち帰ろう、自分の肥やしにしよう、きっとこれが後々役に立つでしょ。
と、その自分のモヤモヤを見ないように言い訳をしてしまう人がいる。自分が選んだものを、これイマイチだなと胸を張って言える人は少ない。
周りの友達らが、キャッキャ騒いで楽しそうなとこで、私それに興味ないわ、とかも言えない。自分が良かれと思ったからそれをやったのに、今更イマイチだなんて言えない。
となるとだな・・・
せっかくお金をかけたんだから、仕事に使おう。『これで良かった』と自分を納得させるしかない。
そのために、人に言いたくなる。これはこうで、こんなに良かったよ!そう同感を求める。自分の選択は間違っていなかったという証明のために。
どんどん罪悪感が増える…嫌なら、嫌と言えばいい。お金の無駄遣いしちゃったと言えばいい。やってみたけどイマイチなら、そう言えばいい。必要なかったのにやっちゃったなら、そう言えばいい。
そして、次に活かす。次はやらない。
迷ったときは、止まる。迷った時点で、それはそんなにやりたくないことかもしれないよ。本当に出てきた衝動は、迷うどころか、止められないはずなんだ。迷っている暇がない。
最初が肝心。その最初の迷いが原因だったなんて、自覚ないからさ。なんだかんだ言い訳しているうちにわからなくなる。
そして、何かモヤモヤイライラして、全く関係のない旦那とか子供とかの振る舞いに当たる。自分の問題を外の問題にすり替える。
もうそうなると自分が悪いことなんてすっかり忘れてる。
自分に嘘はつかない。小さな嘘も。そしたら、きっとお金って足りてるとも思うんだよな。
やりたいことってそんなに多くないと思うから。
必要なお金は入ってくるというのは、このことです。
必要ないから、その時お金がない。
まぁ、迷ったらやめときゃいいんでね?
付き合いでやることもいらない。
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