「ある」としたものは、「消そうとしたくなる」これが人間の心理なんだと。
消そうとするのは、それが困った状況、嫌な気持ち、だから排除しようとする気持ち。
例えば、ネガティブな感情が「ある」と認識したことで「消そう」という反応が起こる。
消えないと、「怒り」が湧いてくる。
この怒りを今度は消そうとして、そのネガティブな感情もあっていいよね…と受け入れるふりをして「怒り」を抑圧する。でもこの怒りは「抑えているだけ」なので、またいずれ出てくる。怒りって、抑えきれないのよ。それほど激しいエネルギー。
つまり、嫌な状態を消そう(無くそう)とする発想があると、その時点で何をどうやっても「怒り」という感情に縛られることになるわけで。その怒りは、全部自分にブーメランとなって突き刺さる。
自分で自分を殺している(消している)ようなもの。
これってさ、自分を消したい願望やんか。とどのつまりは、自分は存在していないことをどこかで知っているということでもある。(これが救いね)
嫌な状態を消したくなるのは、自分の中に逆の良い状態を知っているから。嬉しい楽しいのポジティブの気持ちって取っておこうとするじゃない?
取っておくことで、ずっとそのいい気分と今の自分の気分を比べる材料として残る。いい気分と比べて、今は嫌な気分だ…だから何とかしなきゃ!という発想がでてくる。
ネガティブなものを排除するなら、ポジティブなことも排除しないとバランスがおかしい(笑)
だから全て手放せってことやね。
この世界でネガティブなこともポジティブなことも「ある」とした上でやることは全部、苦痛を生むということになる。
だから、全てが「ない」を前提とする思考を叩き込む必要があるんやなと。
「この世界はない」この概念のあるところにしか苦痛が無い世界ってないのだなと。
全てが「無」。無い。
私達の思考は全て「ある」が前提で成り立っていることに、当たり前すぎて気がついていない。というか気づけないプログラムになっている。
「感情がある」と思うから、色んなワークを必死に試してしまっていた。
のではなく、「感情はない」と思えたら、そもそも感情をどうにかする必要性がなくなってくる。つまり、その感情については「考えるに値しない」ということだ。
「感情ってないんや」って思えた時、初めて思考も止まるのかもね。
共感が大事とか、人の気持ち理解しろとか、空気よめとか、感情はちゃんと持ってないと・・・という方向に世間では持っていかれるので、感情が大事と思い過ぎてしまう。
たしかに感情があるから人は動くかもしれない。
でも実際は、感情がなくても、人のために動くんだよな。
感情は無くていいものだったのか・・・というコアな話。でした(^^)/
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