いつも、苦痛は全て根っこにある罪悪感から、というお話をしてますけど。
「罪悪感はない」「罪はない」のであれば、自分にも、他者の中にも罪を見ない。これがシンプルに私も気をつけていることではあるんですけど。
普段の生活の中で、他人や家族に罪悪感をもたせるような振る舞いや言動をしてるんちゃう?そう、思うようになりました。
大切な人を想っている『ふりをしながら』、良かれと思ってしていることが、どこかで押し付けていて、どこかで自分が望むように動いてくれることを仕向けようとしている。コントロール。
そんなことない!と否定したくなるけれど………(笑)わたし、ちゃんと考えてます!あんたに何がわかるのよ! そう言いたくなるのもわかります(笑)
私はこれをしてましたよ(笑)。めちゃめちゃ。
相手がちょっと『申し訳ないな』と思ってしまうような行為や言動をこっちで自ら選んでることが多いなって。そして、また相手もこっちに罪悪感をもたせるような行為や言動を仕掛けてくる。
これは、子供達と接しているとき特に感じました。旦那にも、友達、他人にも同じことが言えますが。その罪悪感をもたせるっていうのは、あからさまなもんじゃなくて、自分ではやってないていで、やってるから気づかへんかった。
愛する人を知らず知らずにというか、心の奥では確信犯なんやけども、それで困らせていたし。だから仕返しもされるねん(笑)
わざわざ罪悪感を持たせてやろう、陥れてやろうなんて、そんなあからさまな人はいないと思うけどね。
でもだからこそ、逆にどこか良い人になろうと振る舞って、正当化したくなるような行為を自らやってしまうことで、相手の中に罪を見ていることがある。
相手に見えているということは、自分にもあるということ。
0コメント