私は私でありたい。
私が私の世界を作る。
「私」が一番で、最優先させるべき!
自由、多様性という時代の流れは、こういった発想を作る。
その為の情報やテクニックが目につく。
そして、いかに良い現実にするか、良い人生を送るか、幸せで心地よく生きるか?に焦点が当たる。
でも、それを叶える為の世界で、同じく苦痛もある。
「幸せ」と自分が判断するには、「幸せでない」状況と違いを比べているわけです。
「自分は今幸せではない」と思っているから、幸せになりたいと願うことになる。
この「比べる」思考が分離思考。何かと違いを比べるから「存在」を証明できるという法則がある。
自分に「幸せ」という思考を存在させるには「幸せではない」という対極が必ず同じくあるということ。
この世界は、全てが比較であって、その比較は自分の考え・解釈ということになる。
この現実世界は、全てが自己イメージということになる。
その自己イメージを信頼し、真実と捉え、真剣に生きている。
これって、当たり前にやってるけど、どうなん?って疑問を感じません?
「愛」しかない世界なら、みじんも苦痛ってないはず。なのに、分離思考の分離の世界は、いつも葛藤ばかり。何とかコントロールして、それを誤魔化していい人生を求めるのもちょっと疲れちゃわない?と。
そういう、当たり前の疑問視が新しい世界の扉を開く。
二元である以上、この世界に100%はあり得ない。
なのに、自分で100%にできる、したいと思う。
矛盾してるよね。矛盾を力づくでどうにかしようというのが自我なんだな。
0コメント