今、何が起きて、この先何が起こりそうか?
過去の記憶や情報を頼りに今を解釈し、未来を予測する。
これが私達が当たり前にやっていることです。
過去がベースとなり、過去の体験や記憶によって、人生の連続性、ストーリーが出来上がっていきます。
「過去」は、自分がそうだと思い込んだもので出来ています。それは事実というよりも、曖昧で、本当かどうか証明できないものばかりです。
自分でそう思えば、そのような人生を辿ったと言えますが、それは「自分が作り出したストーリー」であって、他の人が証明もできません。
過去、そういうことが起きたと思っているからこそ、またそうなっては困る、という不安が未来に向けて生じます。
今、自分が不快に感じていることは「過去に体験したことが自分の記憶にあるから」です。
ということは、「過去」の記憶がなければ、今そのように不快に感じる判断材料がないわけで。
過去が無ければ、今この瞬間が常に「初めて」であり、この瞬間の体験は、始まりであって常に終わりでもあります。
始まりという原因があって、終わりという結果があるのではなく、過去が無ければ始まりと終わりが同時なのです。
過去に何も体験したことが無い、その意識で生きていると、不快になることが格段に減りました。
また起きるかも、という不安も無くなります。
過去がなければ、今自分に何が起きたかがわからないからです。
ポジティブでもネガティブでも、起きた感情はただの「感想」です。感情に意味がありません。ただの感想として、今その瞬間に既に終わっているから、感情に縛られることもありません。
つまりは、元凶は「過去」を覚えようとしすぎるから。
過去を忘れてはいけないと自分に課しているから。
自分で自分を苦しめる為に過去を覚えておくことが都合がいいのです。
あなたは気づいていないかもしれませんが、自分を苦しめ続けるのは、自分への攻撃であり、復讐であり、罪滅ぼしです。
過去の嫌な出来事や、体験、記憶、を手放そうと、克服しようとするのも、過去と戦っているのです。過去に勝たなければ、私は救われないと思っているから。
その為に過去が必要になってしまう。でも、それは自分自身を攻撃して苦しめていることでもある。
良かれと思ってやっていることによって自分を苦しめている。これに気づかない限り、何も手放せないし、解放されません。
この世界には、その事実を覆い隠してしまう、見せかけの「幸」がたくさんあります。
自分が「幸せかどうか」って本当は自分でもわかっていないんです。でも、常に自分が「不幸」かどうかはわかっている。そんな不思議な意識状態にあります。
だからこそ、何が自分にとってズレているのか、何が自分を不幸にしているのか、それを観察していく事が内観です。
そして、不安や恐れを観察していくと、「不安もまやかしである」という事が見えてきます。
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