2025.03.30 07:53問題は自分が作り出すあなたが、何か解決したい、克服したいと思っているその「案件」。要するに、あなたが「問題視していること」。その解決したい、と思っているその思考が、その問題をそこに在り続けさせていることに気づいていますか?解決すべき問題がある、とあなたが信じている間は、そこに在り続けます。解決できた、克服できた、と思ったはずのその案件が、再び自分に舞い戻ってくるのではないかと不安になることはありませんか?これは、問題があなたの頭から無くなってはいないからです。解決しない、克服しようとしない。そこから気づく何かがあるはず。あなたが「こうなりたい」と思っていることも同じ。「こうなりたい」には「こうなりたくない」が隠れるよね?「こうなりたくない」から、どうにかしようとするわけで...
2025.03.30 07:40記憶の必要性記憶って曖昧でね。自分が記憶する幼少期のことの大半は、本当かどうかわからないものばかり。あの時、お母さんにあんな風に言われて…という記憶も、お母さん本人に聞いてみたら、「そんなこと言った?」「そんなつもりなかったよ」と言われるのがオチです。記憶は、自分が留めておこうとすれば、いくらでも反芻して忘れずにいることができる。その記憶って、そんなに大事かな?楽しい記憶も、悲しくてつらい記憶も、それはもうただの記憶で。それは、今となっては実在性が薄くて。だから、「忘れちゃいけない」っていう呪縛から、もう自分を解き放ってもいいかもしれないよね。忘れない、ということは、誰かを、自分を責め続ける行為でもあるから。
2025.03.23 10:51心配はご無用心配する、という行為は、自分の恐れを他者に見ているだけ。心配するより、全ての人は「大丈夫」だと、信頼と優しさのまなざしで見てあげればいい。不安にさせるのではなく、心が和らぐ声をかけてあげればいい。誰かを「間違っている」と指摘することは、「自分自身が間違っている」と自己責めしているのと同じ。私だけは違う、私は正しい、そうした傲慢さは、自分を苦しめるだけ。誰も何も悪くない。誰も悪気はない。自分が他者に「悪」を見なければ、そこに善悪は生じない。罪悪感も生じない。この世界に罪を見ないことが、愛ある行為のひとつ。許し合うのではなく、許す必要性がない世界線。この世界に、あってはならないものは無いし、無くてはならないものも無い。自分に嘘をつかずに、自分を抑え込まずに...
2025.03.23 10:30スピリチュアルスピリチュアルに形は無い。答えも無い。理由も無い。理解できない。スピリチュアルは、ただ経験的に「知ること」であって、それが何かを解説できるようなものではない。でも、人間は、どうも意味を欲しがる。わかった風に説明したがる。だから、この現実レベルに落として、スピを語ろうとするし教えようとする。でも、それは誰にもわからないし、誰にも教えられないし、誰にも伝わらない、それがスピリチュアルなのだと思っている。いくらでも、こじつけはできるし、現実逃避の材料にもできる。そんなスピリチュアルを、そもそも仕事、商売になんかしない方が良いとも思う。でも、人気が出るのもよくわかる。ま、どっちでもいいけど。自分が正しいっていう、正当化から退かない限り、無意識の罪悪感は手放さな...
2025.03.23 10:25なまけること怠けるって、ネガティブなワードですよね。「怠けてはダメ」多くの人がそう無意識に刷り込まれています。でも、怠けることが、自分らしくなるための最短です。自分の許容範囲、自分にできること、自分に必要な事、にフォーカスするには「怠ける」のが一番早い。「できるはず」「人並みにできるようになろう」「もっとできるようになろう」「怠けていたら、誰も助けてくれない」「頑張らないと」「役に立たないと」そんな風に思ってるんじゃないかな?怠けても大丈夫。全人類怠けたら、たぶん世界は平和だと思う。
2025.03.11 08:07執着しない前回、記憶について書きましたが。記憶が薄れるからこそ「執着」もなくなるんです。忘れるって最強ですよ。あんなことがあった、こんなことがあった、自分が・・・あの人が・・・・こんなこと考えてたし、こんな風に感じたし・・・・↑これがいわゆる過去の(記憶への)執着です。これに苦しめられるわけ。楽しい時間を過ごした後に、その余韻が長い人って、あの楽しかった体験をまたしたい、もっといい楽しい体験をしたい、っていう思いがあると思います。悲しい出来事に対しては、あの時もっとこうすれば良かったとか、もう二度とそんな思いしたくないとか、そうした思いがあると思います。これらもまた、一つの執着から生じる感情です。こうした感情が、それと繋がるように次の行動に結びつけようとします。...
2025.03.11 07:36記憶は過去ではない記憶を過去だと思っていると、人生に「連続性」が生じる。つまりは時間軸ってやつね。過去が原因となって、今の自分ができている。普通に皆そう思っていますよね?でもそれって本当ですか?記憶って、過去ではなくて「今」です。今、記憶を反芻しなければ、それは連続性のあるものではなくなります。過去そのように体験したと思っている自分は本当ですか?今この瞬間に、それを体験したことが無い自分になることも可能です。記憶って、要するに、思考でもありますけど…なんか、曖昧過ぎなのに、みんな信じすぎ。過去の記憶をそんなに大事にしなくてもいい。私は個人的にそう思うようになってから、実際に過去の記憶が薄くなってます(笑)頑張れば思い出せますけど、あえて思い出そうとしなければ忘れてます(...
2025.03.10 10:29案じるということが攻撃心配する、案じる、気遣う、様々な言葉としての表現はあるけれども、大抵は、「不安」からの「案じる」ではないだろうか。これらは、何となくポジティブな雰囲気で使われていると思うが…結局は自分自身の「恐れ」からの不安視なわけで。相手に、良い意味で、良かれと思って、「相手のことを思っています風」に表現するこれらの陰に、自分の恐れを隠しているということに気づかない。自分の不安や恐れを相手に押し付けてしまう。アドバイスにしろ、説得にしろ、やんわりと気遣う風に語るにしろ、そうした自分自身の不安ベースで言ってないか気をつけるようにしてます。自分自身の恐れから、その恐れを回避しようとするための表現になっていないだろうか。これは相手に対する「攻撃」であり、自分のいう事を聞い...
2025.03.09 10:52無垢な人ほど憎まれる相手が、無垢で純粋なほど、あなたはその人を憎みます。親子関係が一番わかりやすいですね。例えば、子供って、制限なく生まれて、無垢で、純粋です。だからこそ、親はこう思います。「子供のうちはゆるされるけど、大人になったらそうはいかない」こうして、大人の世界、現実という制限を、子供も経験せざるを得ないのだと教えます。そんなことしてたら、自立できない。ちゃんと仕事もできない。みんなから信用されない。認めてもらえない。社会では通用しない。生きていけない。こう脅します。こうして、純粋、無垢のままでは、この現実では生きていけないのだと教え込まれちゃうわけです。この制限に、人間は苦しみます。ああしなければ、こうならなくては、こうすべきという正しさを必死に求めて、そして子...
2025.03.09 09:16分離していない現実創造が流行ってて、思い通りの人生を手にするとか、スピっぽい話を交えたり、量子力学とか、物理とか、化学とか、いかに好みの現実をつくりだすかに、人間はものすごく興味を持つ。結論から言うと、「自分には、何も作り出すことはできない」ということです。私達は「分離していない」全てはひとつであり、源と同質。バラバラな中に全体が含まれていることには気づかないのが自我の思考です。バラバラに認識するのは「肉体」を信じているからです。分離していない、これが確固たる前提であれば、この世界は自分で作り出せてもいないし、また、この世界が自分を作っているのでもない。母親から生まれた自分としてのスタートを信じているし、この現実が「ある」という認識でいるけど、最初からそれすらがない...
2025.03.09 06:26本当の平安とは本当の安心、心の平安って、結局は現実とは関係が無いんだなって。人生上手くいけばきっと幸せ。お金があって、家族がいて、助けてくれる人がいて、毎日楽しくて、健康で、好きなことができて、やりたいことやって、自分らしく入れたら・・・・生きている限り、現実が実在すると信じる限り、理想や目標や期待は無限に湧いてきます。しかも「上手くいけば」というのは自分のさじ加減であって、好みであって。それってゴールのない欲求にもなってしまいます。本質的に、私達が「霊」として何を目的に、どこへ向かっているのかを突き詰めていくと、何をすればよいのかが自ずとわかってきます。私自身、それに納得するまで何年もかかっているし、今もまだそれに囚われる自分もいるし。でも、本当の自己が目指してい...
2025.03.06 11:50完全な公平さ区別しない比較しない選ばないつまり完全なる「公平さ」を見ることでしか、私達が「葛藤という苦しみ」から抜ける方法はありません。わたしとあなたは別々の人生を歩んでいるように見えるけど、わたしとあなたは、全く「同じ」という視点があります。それは、わたしとあなたの「存在する目的」においては「同じ」だということを知るということです。目的が同じなら、みんな同じです。ただ、違うプロセスを辿るようには見えるかもしれないけれど、目的が同じなら、これはもう「同じ」なんです。私はあなたと何も違わない。そんな風に見ることができたら、きっと苦しみはなくなる。他者は、私の一部であり、他者は私の一部だから。どちらかを傷つけるなら、それは自分を傷つけているだけ。