苦しみがあるから、取り除くために内観をしているというより、
苦しみは最初から無いということを知るために内観をしている。
内観を続けていると、不安を取り除くのではなく、
不安が存在しないのに存在していると思っている自分に気づいてくる。
ないはずのものを、なぜかあると思っているから「苦痛」が生じる。
そして、苦痛も「快楽」も同じ衝動から起きている。
内観で、知識として理解が必要なのは「思考の構造」についてです
二元性の思考とは、どういう動きをするのかを理解することが「目覚め」の助けになります。
私達が、自分がいると思っているこの現実全体が、「自己意識である」ということにはきづきません。自己意識とは、自己投影という手段で、自分ではないものを映し出すことによって自分を認識する能力のことです。
こうした投影である「現実」というものの「からくり」を知っていくことが内観です。
人間は、あらゆることの意味づけをしていて、
あらゆることに原因があると信じ、
あらゆることが可能だとして投影を実在させています。
「もし、〇〇だったら」
「もしそれが可能だったら」
「そうであってほしい」
可能性、期待、願望、様々に入り混じり、この「現実」というものが作られています。
自分の思考が、世界に実在性を与えます。
現実のからくりが見えてくると、この世界は「無いんじゃないか」と思えてくるのが不思議です。これに興味がある人は、是非講座に来てね!
内観をすると、自分が思っているようなことではないのだと、気づくことがたくさんあります。
えーーーーーと驚くこともあるし、
なーーーんだと気が楽になることもあるし、
すげーーーーーってなることもあるし、
わかんねーーーーーって悶絶することもあるし、
でも、何だかやらずにはいられないーーーーともなる。
サクサク気づきが進むこともあれば、一進一退で立ち止まることもある。
全部含めてそれが内観の面白さ。
現実はその為にあると思ったら、現実への執着が薄れる。
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