どんな自分であって欲しい?
(どんな自分になりたい?)
どんな人生になって欲しい?
どんな母親(父親)であってほしい?
どんな子供であって欲しい?
どんな友人であって欲しい?
どんな同僚であって欲しい?
どんな社会であって欲しい?
どんな世界であって欲しい?
そうであってほしい、を求めるより先に、
そうでなくても認めてあげよう。
自分が嫌だと思うことを(不快になることを)他者は見せてくれる。
👉自分がそうなったら嫌だな…を感じる他者
(不幸そうな人、病気の人、金欠な人、無職の人、孤独な人、仲間はずれされてる人、損してる人…)
👉自分がそうならなかったら嫌だな…を感じる他者
(幸せそうな人、健康な人、バリバリ仕事してる人、仲間に囲まれてる人、人気者、得してる人、成功してる人)
いろんな他者が鏡となって、
「自分が不快になるもの」を見せてくれる。
「自分の嫌だと思う過去」を見せてくれる。
それを見て、どんな人も、それでOK!
だから自分自身にもOK!が出せる。
何者にもならなくていいんだよね。
ならなきゃいけないものなんてなくて。
克服するものなんて最初からないし、解決しなきゃいけない問題もない。
他者や周囲を見て、「そうありたい」「そうであって欲しい」ばかりに意識を向けると、「そうなれない自分」「そうではない現実」が許せなくなる。
どこに居ても、何をしてても、何が起きてても、
それが「私」。最善の私。
最善であることを赦す。
最善とは「自分がそうであって欲しい」と思う形ではなく、「ただそうである」というだけ。
0コメント