2024.04.30 05:15META50 ない無いと思えないことから全ては始まっている。無いと思いたくないから、有るを求める。何かを証明するという事は、有る世界における仕事。無い世界では、何もする必要がない。何かをする必要があると思うから、この世界が成り立っている。全てはない。必要というものがない。だから「全てがある」と言えるのだと思う。
2024.04.29 05:13META49 正解はない無い正解に合わせて生きていないだろうか?無いものは無いのだから、無い正解に合わせることは不可能で。なのに「なにをするのが正しいか」と正解探しをしてしまう。どれだけ「正しさ」にこだわっているのか。自分で思っている以上に正しさに縛られているよ。正解が良いと思うなら、不正解のまま生きてみたらいい。そしたらきっと新しい発見があるよね。
2024.04.28 05:11META48 ありのままに見るありのままに見るとは、そこに何の意味もついていないということでは?これって、こうだよね。という時点でありのままではない。自分の価値観で意味がついている。自分の考えを正解と思い過ぎない方が良い。
2024.04.27 05:06META47 現実創造にこだわるななぜ、現実創造にこだわるのか?こんな現実の形にしたい、という願望がずっとついてまわる。こんな現実ならきっと楽しい、しあわせだ、これなら満足する…という期待がなくならない。確かに、望む現実が手に入ったら、それは幸せや安心を感じるかもしれないけれど。そうした体験があるから幸せとは限らないし、そうした体験があるから自分の人生が安心できるものであると信じることができるとも限らない。心が何にも縛られない時に、本当に幸せなのだろうと思うのだけれど。どうせなら、こういう現実がいい、という理想も消えないんだよね。あーーーめんどくせぇ、自分にめんどくせ~って、たまになる(笑)
2024.04.26 05:03META46 何もわからん「わかった」と思いたすぎ。答えがわかりたいと、そのことにどれだけエネルギーを費やしているか。この世界には、答えらしきものはあっても、完全な答えは無い。それだけはわかっているんだけど、何処かに答えがあるという思いが捨てられない。答えの無いところで、答えを探しているという自覚も無くなってくる。何を探しているの?何が知りたいの?なぜ知りたいと思うの?それを知ったらどうなるの?疑問としては色々ある。でも、それもわからないままに探しているから問題なんだよな~。
2024.04.25 05:00META45 自分の考えを捨てる自分で考えなければ!という思いが強すぎる。自分で何でも答えが出せると思い過ぎている。マジで傲慢やな、と改めて思う今日この頃。どうやったらいいか、なんて誰にもわからないし、ましてや自分では何もわからない。なのに、どうして自分には「わかる」と思っているんでしょうね。「わかんねーーーーーーー!」で良いと思うんだよね。わかんないんだから、わからない。でおしまい。
2024.04.24 04:54META44 ストーリーは無限自分でストーリーを設定できているわけではなくて。既に結果として表れたストーリーを自分で考えたものだと認識しているだけ。自分の考えからの行動によって、今この現実が作られているのではなく、既に結果として表れた現実にそういう意味づけをした自分がいるのだけれど、その意味づけは無意識で情報処理されたものが顕在意識として出てきているような感じ。目の前の現象に、意味があると思っているその自分は、実は自分では何もしていないという事で…これがなかなか理解しずらいよね。やっぱり、自分が考えているし、自分が感じているし、自分が結論を出しているし、自分が…自分が…と言いたいところではあるけれど、全面的に自分を押し出しているのが当たり前すぎて、こうして「自分が」やってるというと...
2024.04.23 04:50META43 幸せ何かがあるから幸せなのではない。誰かがいるから幸せではない。それらの体験や経験があるから「幸せを感じることができる」ということではない。確かに、この世界で幸せを感じているけれど、それは外部の何かや誰かがいなければ成り立つものなら、永続性がない。絶対の安心感は、それらが無くても安心であるのでは?ということは途中でなくなってしまうような安心は、ほんまもんではないという、単純にそう思う次第です。何かで代用するから、幸せがなくなると、別の幸せで補おうとしてしまう。それがないと困る、と思うようなものでは本当の安心感は手にできないのだと、思ったのでした。いつかはなくなるっていう不安も無くならないのであれば、それは一時的な幸せだよね。
2024.04.22 04:45META42 意味をつけるな意味を考えるのが大好きな私達。それはそもそも「知りたい」という欲求からくる。何を知りたいのか?それは、自分というものが存在するということを知りたいのである。これは、こういうことだから。という結論付けできたものは、自分の認識として「存在できた」ことになる。知らないことは知らないままであって、それについて考えることはできません。でも、一度でも自分の中で意味が付いて存在させたものに関しては、考えたくなくても考えてしまうようになる。意味が増える、情報が増えるということは、同時に葛藤も増えるということになる。だから思考を止める。私達が「思考(考え)」だとしているものの全てが、意味を考えていることだから。
2024.04.21 04:40META41 感情とは感情って、自分の力で出しているものでもなく、自分の考え方で出ているのでもなく、もう無意識で勝手に処理されて出てきているだけ。それらは、過去の体験や記憶の蓄積からの処理パターンであって「事実」ではないんです。そんな感情に、縛られ、振り回され、考えさせられ、何とか不快から回避する方法を探す。でも、こうした感情には実体がないと考えてみたら?感情を自分のものだと思いすぎ。確かに、不快な感覚、のようなものがあるし不快な体感、のようなものがあるし、涙が出たり、胸が締め付けられるような苦しさもあるかもしれない。でも、これってホンマか?と少し疑問を投げかけてみよう。これは確かだ!ほんとだ!と思える理由ばかりを探しに行くのではなく、これ「嘘かも」とちょっと思ってみる。「...
2024.04.20 04:37META40 全てを受け容れる全てを受け容れるというのは、自分から相手に何も要求しないということ。要求しておきながら、「でもあなたはそうなのね、私とは違うけど尊重して認めてあげるわ」ということではないのである。全面的に受け入れるには、こちら側からの要求は一切ない状態なのでは?と個人的に思ってます。要求するから、腹も立つ。
2024.04.19 04:32META39 恥ずかしい人見知りとか、コミュ障とか、それは後付けのいいわけであって。恥という感情は、そもそも無意識の罪悪感。「なんかわからないけど、悪い気がする」だから、悪く思われたくないからという回避の心理が「恥ずかしい」ではないかと思っている。恥ずかしい=失敗したかもでもある。恥ずかしい、と感じながら、心の奥では「怒り」も感じているのだ。私は間違っていない、私は正しい、私はみんなとは違うのだ、という「怒り」心理というのは多重に、複雑に絡みあう。だから感情はひとつひとつの拾って、理解して、解放しようという試みは難しくなってしまう。全ての感情をひとくくりにして、「感情」というカテゴリーにいれて、区別しないことも感情解放のコツ。