2022.11.21 03:29なぜ言葉は必要か?言葉をあまりにも特別視しているな~という話。言葉って、何かを理解するためのもの。「意味をつける」ために必要なの。じゃなぜ意味をつける必要があるの?それは、自分のなかに「正しい・間違い」「良い・悪い」「好き・嫌い」などの二極性のジャッジがあるから。意味をつけて、自分の解釈を正当化したいわけです。そう解釈したには、理由がいる。誰かに認めてほしいってことね。私達は基本何でも知りたいと思うし、それを知るには「違い」を探して、解釈します。違いを見なければ、それは存在しないし、解釈できないという二元の原則ですから、違いを見ます。そしたら必ず比べます。そしたら、必ず迷います。迷いは、気持ち悪い。葛藤は不快。だーかーらー言葉を使って「言い訳」をします。意味に意味がある...
2022.11.14 00:25この世界に100%はない私は私でありたい。私が私の世界を作る。「私」が一番で、最優先させるべき!自由、多様性という時代の流れは、こういった発想を作る。その為の情報やテクニックが目につく。そして、いかに良い現実にするか、良い人生を送るか、幸せで心地よく生きるか?に焦点が当たる。でも、それを叶える為の世界で、同じく苦痛もある。「幸せ」と自分が判断するには、「幸せでない」状況と違いを比べているわけです。「自分は今幸せではない」と思っているから、幸せになりたいと願うことになる。この「比べる」思考が分離思考。何かと違いを比べるから「存在」を証明できるという法則がある。自分に「幸せ」という思考を存在させるには「幸せではない」という対極が必ず同じくあるということ。この世界は、全てが比較であ...
2022.11.14 00:14誰かの為に誰かのために。身近で大切な人にほど、そう思う。誰かのために、良かれと思って。これをちょっと疑問視してみる。自分は特別、自分だからできる。という特別性を認めてもらいたいというやや攻撃的な思いがどこかにあるような気がする。それでいて、自分は誰かにとっての特別でありたいと思う。「依存」ですね。共依存。「誰かのために」は、自分は正しい、特別であるということを正当化しようとする行為なんだなと。えーーーーーそんなことなーい!と思いたいけど、正直なとこ、そうやな(笑)「愛」を持って接しているつもりでも、そこにはやはり自我(エゴ)がちらつく。見返りを求める気持ち、期待する気持ち、お互い平等に得たいという気持ち、お互い責任は平等にとるという気持ち、それは自分とあなたは別...
2022.11.04 00:06何かしなきゃ!「不足感」というものを常に根本に抱える私達は、それを補いたい、埋めなければならないと無意識に感じています。それを「衝動」とするか「欲求」とするか。「何かしなきゃ!」という力動は、今自分自身に不足していると感じるから出てくる発想です。何かせずにいられない、忙しくしていた方が落ち着く、忙しい方が性に合う、そう思っている人も、自分の中の「不足感」について考えてみてもいいかもしれません。「不足感」というのは「所有感」ととても関連性があります。そもそも、この二元の世界では、自分と他者に違い(差異)をみていますから、今目の前に他者が「見える」ということは、「自分と違う=自分にないものを持っている人」という認識があります。自分に無いから欲しい。だから何かを得る、受け...